第11回 万智 『Climb Every Mountain』
リングネームが万智になる前の、福田万智を認識したのはいつころだったのか覚えていない。 いつのまにかツワモノの女子格闘家たちが集まる毎週日曜日の朝練にひょっこりと、いた。 それからさまざまな女子格闘家の練習会に参加している姿をSNSを通して見ることが増えた。 ベテランファイターに混じりアマチュアデビューも間もない彼女がグラップリングや柔術で取っ組み合いをしていた。 '福田万智'とは、何者か。 プロ格闘家、万智を紐解いていこう。 それにはまず小学3年から始めた柔道の話を聞く必要がありそうだ。 ——帯をギュッと—— 万智が最初に「格闘技」に触れたのは、小学校3年生のときだ。 それまでお稽古をしていたのは、ピアノと書道と塾。 そんな万智が柔道を始めたのは親の勧めだったという。 「その頃ぽっちゃりしていて親に勧められて。それまでは運動をしたことなかったんです」 親の勧めで空手や柔道を始める子供は、多い。万智もそのひとりだ。 彼女は天性の格闘家としての素質があったのだろう。 「柔道会場独特の殺伐な雰囲気が苦手で本音を言うと苦手でした」 と打ち明ける。 が、一方で 「力が強くて負けず嫌いだったので小学6年の時にALSOKの県大会で優勝することができました」 柔道大会の雰囲気が苦手であまり好きではなかったという万智だが、続けられたのは親の応援もあったという。 本格的に柔道に打ち込んだのは、中学に入ってから。中学2年で春、秋の県大会1位に輝いた。 が、事は上手く運ばない。大事な時に怪我をしてしまう。 高校1年生になり柔道は続けたもののやはり怪我に苦しみトレーニングは続けていたという。 復帰戦となった大会では決勝まで勝ち進むもそこで靭帯断裂と骨折。 万智は、当時を振り返る。 「その時に思いましたね。あぁ、自分には柔道とは縁がないんだな」 ——福田万智とMMA—— 実は福田万智は中学に入ったころに柔道を辞めて総合格闘技のジムに入りたかったという。 が、親の気持ちは「高校で成績を残すまでは柔道を続けてほしい」というものであった。 万智は、両親の応援もあり柔道を続けるが前述の通り不遇が続き、柔道から身を引いた。 時を少し戻して、福田万智が中学2年のとき。 2017年7月、RIZINを初観戦した。この日は、FIGHTING WORLD GRAND-PRIX 2017 1st ROUND、メインは堀口恭司vs所英男、北岡悟vs矢地祐介、キャシー・ロブvs山本美憂などの注目カードが揃い、真珠・野沢オークライヤーの日本国内デビュー戦も行われた。 初めて埼玉スーパーアリーナでRIZINを観た福田万智は、思った。 「わたしもこんなふうに多くの人に夢と希望を与えたい」 この日のRIZINは全試合が心に刺さり刺激を受けたという。 そこから彼女はRIZIN以外にも様々なプロモーションの大会を観戦するようになった。 生粋の格闘技ファン、なのだ。 そんな万智に、ひとつ質問をした。 —いままで観た試合のなかで万智選手にとってのベストバウトを教えてください 格闘技ファンにベストバウトを選んでもらうのはものすごく難しいことを、知っている。 無理を承知で質問をさせてもらった。 多くの試合を観てきた万智が「観てきた試合の全てがベストバウトに見えてしまう」と前置きしたうえで、2つの試合を選んでくれた。 ——福田万智が選ぶベストバウト—— ①堀口恭司vs朝倉海(2020年12月31日 RIZINバンタム級タイトルマッチ) 堀口選手が怪我からの復帰圧勝した内容で忘れられない一つです。 実はこの頃私は怪我をして柔道を続けられるか悩んでいたので堀口選手の復帰と圧勝にとても勇気をもらいました! 怪我してもまたこうして上に上がれる事やインタビューでも自分を信じでやることやっていればいいことがあると話されていて、本当にこの試合を見てから怪我なんて気にせず自分のやりたい事を頑張ろうと思えた素晴らしい試合でした。 ②藤野恵実vs浜崎朱加(2021年9月19日 RIZIN30) 藤野さんVS浜崎さんのRIZINです。 女子格のレジェンド、そしてトップのお二人が戦うと決まった時からワクワクしていました。 試合が始まると寝技や組みの展開がなく終始殴り合いで、お互い前に出て打ち合う姿がこんなに迫力と恐怖と美しさと色んな感情が入り乱れ感動した覚えがあります。 それなので今そのレジェンド藤野さんと日曜朝練で一緒に練習していただいている事が時々夢みたいで不思議な気持ちになります。 浜崎選手は私が高校柔道部の頃に怪我で落ち込んでいた時、母が『浜崎選手のファンです。万智がんばれって言ってやってもらえませんか?』と不躾なDMを送った所ものすごく丁寧な返信をいただきました。本当にその励ましの言葉がより一層格闘家への歩みに火をつけたと思います。お二人のレジェンドには感謝しかないです! ——オープンフィンガーグローブ—— 柔道から身を引いた福田万智は、両親に頼んで念願の格闘技ジムに入会した。 万智は当時を振り返る。 「何もできないのに形だけは格闘家になれたような気がして鏡を見てニヤニヤしてました(笑)」 万智が最初に入会したリバーサルジム久喜では代表の坂本光広さんのもとで主に打撃の基礎を徹底的に学んだという。 練習を始めて2ヶ月ほどしてアマチュア修斗にエントリーをしている。 万智は、いう。 「もともとはEX FIGHTに出るつもりでいたんです。その前に試合をしておいた方がいいということで会長(坂本光広)がアマ修1週間前にエントリーをしたんです(笑)」 ほぼ3ヶ月ほどでアマチュア修斗で準優勝を果たした。 もともと出場したいと思っていたEX FIGHTにて再びアマ修決勝で対戦した須恵樹希にリベンジ、見事に勝利した。 そのタイミングでジムを地元の67GYMに籍を移している。 「EX FIGHTに出場したことで学校を停学になってしまって(苦笑)そのタイミングで地元に近いジムに移籍したんです」 そこで MMAクラスを担当していた梅田恒介さんと知り合った。 万智は、いう。 「梅田さんとの出会いで一気に成長することができました」 ——ツワモノたちの殴り合い—— わたしが福田万智をSNSでよく見るようになったのはEX FIGHTの後からだろうか 黒部三奈、藤野恵実、v.v.mei、富松恵美らに混じり週末の朝練に参加していた。 それだけではなく、柔術家である杉内由紀が毎週月曜日の朝に行なっている(現在は休止中)ポゴナクラブ埼玉での柔術、グラップリング練習会にも参加をしていた。 わたしは、まだデビュー間もない選手が彼女たちと練習していることに驚きを感じた。 万智は、いう。 「昨年(2021年)の10月から梅田(恒介)さんの紹介で日曜日の朝練に参加させてもらうようになりました」 福田万智は藤野恵実の試合をベストバウトに挙げている。緊張はなかったのだろうか。 「スーパースターの選手ばかりで最初はガチガチに緊張してました(笑)。ファン目線でトップ選手を前に浮かれた気持ちを押し殺さないと殺されると危機感をおぼえました」 そんななか、万智はトップファイターたちとの練習にくらいついた。 「藤野さんとのスパーでは金網に押し付けられたとき顔に顔に痕が残り'怪力とはこのことを言うのか'と体感し心を折られて帰った思い出があります(笑)」 1年間続けてきて、いまとなっては「この朝練が1番楽しみ」という。 万智は、いう。 「いま怪我で休んでいる藤野さんと早く練習したいです」 ——富松恵美からの言葉—— 日曜日の朝に共に練習している富松恵美とは韓流ファンという共通点がある。 そんな富松に福田万智の印象を聞いた。 「とにかく活きがいいんですよ、活きが!鮮魚のように(笑)」 多くの選手と肌を合わせてきた富松からして、練習に来た頃の万智をどのように感じていたのだろう。 「朝練に来た頃は技はまだ荒削りですし、技術も知らないことが多いけどとにかくガッツがすごい。栃木から都内に来るのも大変なのに朝練に来て、自分の身になる練習には妥協せず参加してますね」 わたしも初めて福田万智が栃木から練習に来ていると知ったときは驚いた。 「日曜の朝練も、その前に他で練習してきたり、とにかく若さとパワーに溢れてます。今は技術も向上していることを肌を合わせると感じますね」 富松に今後の万智に期待することを訊いた。 「自分という、自分らしいMMAをつくりあげて、勝つことはファイターとして必要なんだけど第1は楽しんで試合に挑んで欲しい。楽しんだ先には自分の納得する結果が待っていると思います」 「だいぶ年齢は離れてますが素晴らしい仲間ができたことを嬉しく思うし、お互いに高め合えたらなって」 韓流仲間でもある富松は最後に、いった。 「万智ちゃん、ファイティン!」 ——ツワモノたちとの極め合い—— 2022年1月、IRE(グラップリングの大会)にエントリーしたため、寝技の強化をしたいと考えていた万智。 そこで万智は毎週月曜日の朝にポゴナクラブ埼玉で行われていた杉内由紀主催の柔術、グラップリングの女子練習会に参加することとなった。 万智は、いう。 「柔道をやっていたので寝技に対してはまぁついていけるかな、と思ってました」 が、万智はそこで現実を突きつけられる。 「実際にスパーをしたらあり得ない位置から極められたり、やられたことない技でたくさん極められました。まだまだこんなにも強い女性がたくさんいるのか、とすごく落ち込んで帰ったこともあります(笑)」 朝練を主催している杉内由紀の印象についても訊いた。 「杉内さんは優しく迎えてくださりすごく親切にしてくれました。なんかお母さんのような安心した気持ちになります!練習ではいつもボコボコにされてるんですけどね(笑)」 現在もIGLOOにて共に練習している大島沙緒里ともそこで知り合った。 「沙緒里さんはDEEPとDEEP JEWELSのチャンピオンですし強い印象はあったのでそれなりの覚悟で挑みましたが、想像以上の強さでした(笑)いまでも(山田)海南江さんと沙緒里さんには異常な強さでボコボコにされてます(笑)」 ——大島沙緒里からの言葉—— 大島沙緒里に、万智の「強み」を訊いた。 「万智選手の強みは挑戦するところです。あの若さで都内まで出稽古に来てそれだけでも頑張ってるなあと思います。強くなるために沢山の強い選手と練習をしてどんなにやられても向かっていく姿は尊敬します」 大島は杉内由紀が主催する寝技練習会で福田万智と知り合った。アマチュア時代から知る大島だからこそ、の言葉だ。 「ずっと一緒にやってきて成長を凄く感じます。練習でどうであれ試合で練習してきたことを出せていたのでよかったと思います」 大島は、いう。 「まだまだこれからが楽しみです」 ——杉内由紀からの言葉—— 杉内由紀に福田万智の印象を聞いた。 「最初はコンバット柔術に出るから練習に来たいってSNSでメッセージをくれました。初めて会った時はとても礼儀正しくて練習していてもとにかく元気いっぱいでしたね」 万智が住む栃木からポゴナクラブ埼玉まではかなりの距離があるが、試合後翌日でも練習に来ていたという。 「往復で3時間?はかかると思うんですけど練習には来てました」 今後の万智についても訊いた。 「最近の万智ちゃんは試合を重ねる度にどんどん輝いてますよね。このままいけば数年でチャンピオンになると思うので、どんどん女子格闘技を盛り上げてほしいです」 ——念願のプロデビュー—— 2022年11月23日 この日、万智はプロデビュー戦をむかえた。 対戦相手はMMAキャリアで上回るARAMI。 さまざまな対戦相手と試合してきたARAMIは経験も豊富。強敵を相手に勝利もしている。 アマチュアから注目されてきた万智でもさすがに苦戦が予想されていた。 が、いざ始まってみると前戦(2022年9月、齋藤百湖戦)からさらに進化してスクランブルの攻防ではまるで楽しんでいるかのようにARAMIを制した。 万智は試合を重ねる度に、強さ、進化が目に見えてわかるファイターだ。 それにしてもアマチュア最後の斎藤戦から約3ヶ月でここまで仕上げてきたことに、わたしは驚いた。 そこには、なにがあったのだろうか。 万智は、いう。 「とにかく今まで以上に出稽古先では毎回集中して試合を想定してスパーなどすることを心がけてました」 2017年7月のRIZINを会場観戦し、そのリングで闘う選手たちに憧れてから5年。格闘技ファンだった福田万智が、今度は戦う側となりプロデビュー戦に勝利した。 RIZINサイドは大会後のツイートで「1番印象に残ったのは万智選手」とつぶやいている。 万智は、いう。 「やっとプロデビューだな、て嬉しい想いはありました。けど一方で1発目から負けてたまるか、て気持ちもありました」 ——Climb Every Mountain—— 万智はプロデビュー戦で、藤野恵実が試合時にする髪型「宇宙人コーンロー」で登場した。 「藤野さんの強い気持ちがもらえるように」 願掛けのような気持ちもあったのか。 それほど藤野恵実に影響を受けているのだろう。 そんな藤野恵実に、万智の印象を聞いた。 「元気でめちゃくちゃ良く動いて格闘技が本当に大好きな笑顔が可愛らしい子て印象ですね」 藤野は、つづける。 「あと毎回私たちの練習にくらいついてくる姿も印象的ですね」 今後の万智選手についても訊いた。 「今後はいつか私を追い越して、世界で戦う選手になってほしいですね」 「私は追い越されないように、壁であり続けます」 プロデビュー戦を終えて注目度はさらに増した。 が、彼女は気負わず富松恵美のいうように自分のMMAをつくり上げていくのだろう。 Climb Every Mountain 全ての山を越えて。 プロ格闘家、万智は一つ目の山の麓、その一歩目を踏み出した。 『おいしい格闘技』とは 1982年糸井重里氏は、衣食住だけではなく、ステキな物や心、文化を豊かにする生活を提案した。 それが『おいしい生活』 2020年、コロナが蔓延り私たちの生活は一変した。 いま、だからこそ心と、身体と、生活を豊かにする格闘技に目を向けてみてはどうでしょうか 『おいしい格闘技』はそんな気持ちから始まりました。 【プロフィール】 名前:まよいマイマイ 幼少期に猪木に出会い青春時代は週プロで育った気持ちはプロレスラー。 こちらでは格闘家の前に人間としての魅力をお伝えできたらと思い、彼ら彼女たちの日々を見つめていきます Twitter: https://mobile.twitter.com/maimai_bjj