バンコク発オダサイ便
サワディーカップ タイ支部のオダサイです。 ボクシングに興味を持ち始めたのは、辰吉丈一郎がきっかけだった。 1991年のアブラハムトーレス戦から、テレビで中継される試合を見始めた。何度も何度も画面の中での戦いを見ていた、その辰吉丈一郎が、目の前のリングに登場した。 *** そこは、バンコクのラジャダムナンスタジアムで、2008年10月26日のまっ昼間だった。試合は、通常のムエタイ興行の中に組み込まれた。メインイベントではない、第二試合の辰吉丈一郎対パランチャイ・チュワタナ戦、通常のムエタイ興行と同じく、外国人用のチケット代は、1000バーツと2000バーツ。ムエタイの試合を目当てに来場したタイ人客は200バーツで観戦が可能だった。日本人がタイ人のふりをして入場しようとしても、特にこの日はチェックが厳しく、窓口から身分証明書(市民登録カード、またはパスポート)を出せと言われる。10倍の価格差とした料金設定に、全く納得はいかないが、会場まで来て引き返せない。 この試合の2週間前にポスターを見たのだった。 ”辰吉丈一郎復帰戦” "Joe will back " 世界中からの旅行者が集う一角である、カオサン通りの日本人向け旅行会社の軒先にそれは貼られていた。 いつの日にもカオサン通りに来ると非日常を味うことができた。1996年に初めてバンコクに立ち寄り、カオサン通りで宿を探した時の印象が強かった。湿気を帯びた熱風と、自由な雰囲気が旅人を引き寄せている。自身のことを述べると、2008年のその頃は、バンコクに拠点を移して1年目だった。チェンマイでのチャレンジは渡タイ早々に失敗し、バンコクで仕切り直しを決めた。その頃、とりあえずの仕事を探していたが、求職がうまくいかなかったり、息詰まりを感じると、このカオサン通りに赴き、気持ちをリセットしていた。 辰吉や日本のボクシングのニュースを、カオサンのネットカフェでチェックしてみた。屋台で買った甘ったるいタイのミルクティーを飲みながら、パソコンを眺める。 名城信男、内藤大助、新井田豊、そして辰吉に2回勝ったウィラポンと対戦した長谷川穂積、西岡利晃、と堂々たるチャンピオンのニュースが大きく扱われている。 辰吉丈一郎は、過去の存在となりつつあった。日本で試合を行うことが出来ないため、あらゆるルートを探り、またJBCの引退制限(37歳)を待ち、ようやく組んだ試合だろうことが分かった。若いころ、「一度でも負けたら引退する」と言っていた彼が、37歳を過ぎても、リングに執着している。タイのリングで、どのような姿を見せるのか、強く興味が沸いた。 その肝心の試合は、あっという間に終わった。2ラウンドでのノックアウト勝ち。対戦相手は実力不明のまま、倒れた。 勝つには勝ったが、そこから遡ること5年前に、テレビで見たセーン・ソー・プルンチット戦と比べても辰吉の動きはぎこちなく見えた。正直、もう少しリングの上の辰吉の実物を見ていたかった。 *** 2000年頃に、大阪府立体育館での興行の際、客席にジャージ姿で現れた実物を初めて見た。圧倒的なオーラを放っているように見えた、観客は客席の隙間を縫って歩く辰吉に注目し、リング上で試合していた選手たちよりも存在感を示していた。 ラジャダムナンスタジアムでは、リング上でも、期待していたその存在感は感じなかったが、ともあれ、再起戦を勝利した。 日本から駆け付けた、特攻服を来た応援団は勝利を祝い、ラジャダムナンの入口で万歳を繰り返していた。ムエタイ観戦が目当てのタイ人客は、第三試合、第四試合とプログラムが進むごとに、増えてくる。 何事もなかったように、いつも通りのムエタイ興行が進行していく。彼らは、特攻服で騒ぐ日本人を見ても、そこで何があったのか、誰の試合があったのかもよく分かっていないだろう。 ラジャダムナンスタジアムから歩いて10分、試合後のまだ昼間のカオサン通りは、いつもと変わらず、西洋人を中心とする外国人旅行者で賑わっていた。 通りに並ぶレストラン兼バー、その中の一軒のお店で休憩する。軒先のテーブルに座って、辰吉丈一郎の再起戦勝利を祝って、ビールを飲んだ。 厳しい道のりになるだろう、今後の彼の再起ロードと、リングへの執着心を思った。バンコクで浮遊している自分自身のことも気にしながら、バックパックを背負う旅行者、昼間から酔っ払って騒ぐ西洋人が闊歩する様子を眺めていた。 *** 小田充則(オダミツノリ) 1976年生まれ、44歳。会社員。タイ・バンコク在住。 30年来のボクシングファン。タイでもボクシング興行をよく観に行っている。 日本人ボクサーのタイでの世界戦は必ず応援に駆け付ける。 40歳前にはじめたムエタイ、キックボクシングでアマチュアの試合に出場し、1勝(0KO )1敗(1KO)。ボクシングへの転向を狙っているがコロナ過でジム通いができず、先延ばしに。好きなボクサー・辰吉丈一郎、福原辰弥、ジャッカル丸山。