第3回 紅絹 「彼女を見ればわかること」
愛のある格闘技が好きだ。 それは、お互いに試合を終えたら讃えあうとか、リスペクトし合っているとか、そういうものではなくて。 もっと、違うなにか、愛。 2021年3月28日、証言者たち 2021年3月14日 紅絹は異例のツイートをした。 「正直言うと今回チケットが売れていません。チャンピオンとして情けない(以下略)」 このツイートは衝撃だった。ベテランでファンも多く現役王者だった紅絹が、正直な気持ちをツイートに託した。 TEPPEN GYMの寺山日葵がこのツイートにいち早く反応し、引用RTした。 「女子のなかで技術の高い攻防が見られる試合‥コロナ禍で難しいと思いますが格闘技はやっぱり生観戦が1番楽しいし面白い」 紅絹は試合前の会見で、いった。 「ベルトを防衛しないとただの牛の格好したおばさんなんで(笑)負けたら引退します」 5R制が挑戦者の宮﨑小雪にはプロになって初であり、この試合のポイントだったが小雪はバテることなく5Rの間攻め続けた。 小雪が涙を流してリング中央でベルトを巻いてもらっている間、紅絹は四方の客席に一礼をして、リングを降りた。 結果的に紅絹の引退試合となった宮﨑小雪戦。 紅絹と17年近くを共にしているグレイシャア亜紀と大島つばきは、小雪戦に向けて練習する紅絹の姿を見て思ったことがあったという。 大島つばきは、いう。 「紅絹の場合は、いい動きができるかどうかは完全に'気持ち'の問題。上の選手になればなるってほど色々とプレッシャーもかかってきますからね」 このタイトルマッチを対角線のセコンドにいたTRY HARDジムの平岡琴は、いう。 「(同じジムの)小雪が勝ったのは嬉しかったけど、それより自分への怒りが大きかったですね」 —自分自身への怒り? 「紅絹さんに挑戦したタイトルマッチ、あの一度きりのチャンスを掴めなかったことに不甲斐なさと後悔でいっぱいでした」 平岡は、神村エリカ、紅絹という2人の偉大な先人たちを観てきている。 2人を継いでキック界を引っ張っていくという気持ちが強かっただけに、紅絹からタイトルを取れなかった、受け継がなかった自分に不甲斐なさを感じたのだろう TEPPEN GYMの寺山日葵はこの日、解説に入って間近で試合を観た。 日葵は、いう。 「会見や煽りでベルトを失ったら'引退'て言葉を本気で言っていると思っていたので、判定がくだされた時に頭が真っ白になりました」 宮﨑小雪戦で発した紅絹の'言葉' 結果的に引退試合となった2021年3月の宮﨑小雪戦。 インターバル中に紅絹は、つぶやいたという。 「身体が動かない」 その言葉を聞いたグレイシャアは紅絹に一言だけ、いった。 「やれるだけやってこい」 グレイシャアは、いう。 「もうその一言でしたね。だってもう今までとことん頑張ってきたんですから」 紅絹にこのことについて、訊いた。 「自分がそう言ったことを覚えていないんですよね」 と笑う。 紅絹はこの日の試合について、いった。 「'負けられない''防衛しなきゃいけない''メインを任されたんだから盛り上げたい'。そんな気持ちが空回りしていたのかもしれないですね」 この試合前まで62戦してきた紅絹ですら、大きなプレッシャーがあったのだ。 紅絹の引退 証言者たち 紅絹は試合前会見の言葉通り、63戦目にして引退した。 その姿を見た平岡琴は、いう。 「一つの時代が終わったんだな」 「それから紅絹さんに勝って直接バトンを受け継いで、紅絹さんが築いてきた以上のものをキック界に残して次の世代に繋げるという夢が叶わなくなってしまって絶望感しかなかったですね」 と当時を振り返った。 寺山日葵は、いう。 「小雪選手が喜ぶ姿を微笑ましく見ていましたがその反面で、下を向いてリングを去っていく紅絹さんの姿を見て'あぁ引退してしまうんだな'と感じて自然に涙が出てきました」 日葵は、あの日のことをいまでも鮮明に覚えている。 「あの日の夜はなかなか眠ることができなかったですね」 紅絹の引退について、もうひとりに話を訊きたかった。 自身の引退エキシビションで紅絹を指名し殴り合った女蹴sasoriことsasoriだ。 現在行方不明のsasoriにコンタクトを取るべく藤田飛竜支部長に話を聞くと源サソリ子という人物を紹介してくれた。 源サソリ子はsasoriの代理人として話をするということで早速わたしは話を聞いた。 サソリ子は、いう 「格闘家が引退を決意するとき、実際に'ここで'というのを見ると空虚ですよね。それから色々な想いが込み上げてくる。その気持ちが見てる方にも伝わってくる」 —sasoriさんは中継で観ていて、紅絹さんの気持ちを感じた、ということでしょうか? 「そうですね。格闘家として歴史のある紅絹さんだからこそ、その気持ちが見えた時に観ていてしんどかった。でも紅絹さんの強い決意を感じたました、とsasoriは言うてました」 2021年12月11日後楽園にて 今回わたしが紅絹について書かせていただき、多くの方々に協力してもらった。 紅絹が所属するNEXT LEVEL渋谷以外の選手たちも嬉しそうに、楽しそうに、時に寂しそうに紅絹について話した。 紅絹はこちらが躊躇してしまうほど心の内を包み隠すことなく話をしてくれた。 それは言葉にはしていないが、次世代の選手たちへのエールとも、とらえることができる。 言葉にしなくても姿で伝える が、言葉じゃないと伝わらない時もある。 わたしは会場で、惜しくも負けた選手にさりげなく声をかけている紅絹の姿を何度となく見たことがある。 今回、紅絹のことを書くにあたり J-Girls時代の試合から見返した。 その頃から入場から試合内容から全てが唯一無二なのだ。 その存在感を存分に出したのが 2021年12月11日に行われた女蹴sasoriの 引退エキシビションであろう 入場から渋谷の猛牛姉さんはのりにのっていた。 空いてるスペースを見つけるとそこに片足を乗せてポーズを決める 入場からコールされてからのポーズ 試合内容含め紅絹の完全体だった。 近くに座っていた寺山日葵とAyakaは 紅絹を追っかけしていた頃の笑顔 すなわち憧れのスターを見る瞳だった。 sasoriの引退エキシビションで 紅絹のセコンドについたのは現役時代の紅絹を知り尽くしている'偉大なる先人'のグレイシャア亜紀と大島つばき。 大島は、この日のことを振り返る。 紅絹がリングインした時にずっとガウンにつけていたお守りが外れて飛んでしまったという。 不思議なことはまだ続いた。 紅絹とsasoriの試合終了直後にずっと使い続けてきた愛用の牛柄のバケツの取っ手が切れた。 大島は、おもった。 「いままで一度もこんなことなかったのにな」 「今日で本当に終わりですよ、て伝えてくれたのかな」 グレイシャア亜紀はSNSを通して、コメントした。 「紅絹は自分の引退試合より動けてたね」 試合後にsasoriと紅絹がリング上で記念撮影をしていると、寺山日葵とAyakaがキラキラした笑顔できゃっきゃっした。 「いいなあ、わたしたちも入りたい!」 観客も選手たちも 試合をした紅絹もsasoriも みなが笑顔だった 紅絹とは何か? 最後にわたしは今回話を伺った方々に、質問をした。 「紅絹とはなにか?」 魁塾に所属し過去に3回紅絹と試合をしている百花は、いう。 「紅絹さんは、超えることができない壁ですね」 「紅絹さんが引退してからも家に呼んでくれて色々とお話をさせていただいています。わたしにとって大好きなお姉さん的存在です」 「引退しても女子キックを盛り上げようとSNSで発信してくれたり、ほんま偉大すぎますね」 TRYHARD所属の平岡琴は、いう。 「紅絹さんは道しるべです」 「常に背中を追ってきたし紅絹さんが引退した今でも自分が迷った時は'紅絹さんならどうするかな'と考えて答えを見つけてます」 「わたしが連敗したときも紅絹さんが歩んできた歴史に救われました」 17年もの間、紅絹と苦楽を共にしているグレイシャア亜紀は、いう。 「紅絹は、気遣いができる妹です」 あと一言紅絹に言うならば、と続ける 「お酒の飲み過ぎには気をつけてね」 と笑う。 同じく苦楽を共にした大島つばきも、いう。 「いつまでも妹みたいな存在でいてください」 大島に紅絹の印象を訊くとしばらく考えてから、いった。 「一言では言えないですよね。ただ紅絹ほどファンからも時には対戦相手からも愛された選手ていないんじゃないでしょうか」 TEPPEN GYMでRISEの女子を背負っている寺山日葵は、紅絹に対しての思い入れが強い 「紅絹さんは、わたしのきっかけの人」 日葵は、いう。 「高校卒業後にプロになるか、高校に進学してすぐにプロになるか迷ってました。でも紅絹さんの試合を観てすぐにプロになりたいと決意しました」 —紅絹さんの試合を観て、後押しされたんですね 「はい。プロになってからは同じ大会、同じリングに上がって勝つことが目標でした!」 日葵は、つづける。 「お互いにRISE QUEENになっても、わたしはずっと紅絹さんの活躍に刺激を受けて、魅せ方に魅了されてましたね」 最後に紅絹の大ファンである寺山日葵に、訊いた。 —これからの紅絹さんに何か一言ありますか? 日葵は、いう。 「本当に引退したのかなって。SNSを見てると紅絹さんの姿がジム(NEXT LEVEL渋谷)にいるのが写っていて、なんかそういうところも紅絹さんらしいなあて」 と日葵は微笑む。 彼女は最後に、いった。 「これからも尊敬する選手です。また紅絹ハウスに行きたいです!」 Good Night Everyone,Good Night Momi 最後に。 紅絹に話を聞いた。 率直すぎる紅絹の言葉をそのまま、載せたい。 長い格闘家生活で多くの選手と対戦してきた。そのなかで、またやろう、と約束してきた選手も多い。 紅絹はいう。 「もう一度対戦しようと約束していたのに、わたしが引退することで約束が果たせなくて申し訳ないなって」 —彼女たちに何かメッセージはありますか? 「琴ちゃんも百花ちゃんも、AyakaちゃんやMISAKIちゃんも、名前挙げたら時間足りないですけど(笑)、みな1人1人が作り上げているストーリーがあるので最後までその道を走り抜けて欲しいですね」 わたしは、いまのRISE Queenである2人のことについて、訊いた。 「小雪選手は、昔を知らない世代だからこそ自由に新しい時代を作ってほしいです。特に今年は百花選手との試合もあり、初防衛戦もあると思うのでどんな王者像をつくっていくか、楽しみですね」 —ファンとして、選手として紅絹さんに憧れ続けている日葵選手には何かありますか? 「日葵ちゃんは昔からずっとわたしのファンでいてくれて'ファンと言ってくれている子の前でカッコ悪い試合は見せられない'と思って試合をしてましたね。ガッカリされたくないじゃないですか」 と紅絹は笑い、再び口を開く。 「日葵ちゃんは自分をプロとして成長させてくれた一人ですね。本当に感謝しています。今は立派になりすぎて、プレッシャーや責任も感じる立場だけど、いつまでも堂々と自分を貫いて欲しい」 最後に、多くの女子選手が活躍し始めたキック界について、訊いた。 「RISEの選手はもちろん、女子格闘家がこれからもっと評価されて欲しいし、それが今の選手たちならばできると思ってます」 紅絹は嬉しそうに、いった。 「だってみんなの試合、おもしろいもの」 多くのファン、多くの選手たちを愛し、皆に愛され。 キックの神様にも時に愛され、時にウザがられ、それでもやっぱり愛されつづけた いつだったか。 なにかの話のなかで紅絹がふとわたしに言った言葉が、今となっては心にすんなりと入ってくる。 「わたしはキックボクサーだったことを誇りに思っています」 NEXT LEVEL渋谷 紅絹 『おいしい格闘技』とは 1982年糸井重里氏は、衣食住だけではなく、ステキな物や心、文化を豊かにする生活を提案した。 それが『おいしい生活』 2020年、コロナが蔓延り私たちの生活は一変した。 いま、だからこそ心と、身体と、生活を豊かにする格闘技に目を向けてみてはどうでしょうか 『おいしい格闘技』はそんな気持ちから始まりました。 【プロフィール】 名前:まよいマイマイ 幼少期に猪木に出会い青春時代は週プロで育った気持ちはプロレスラー。 こちらでは格闘家の前に人間としての魅力をお伝えできたらと思い、彼ら彼女の日々を見つめていきます Twitter: https://twitter.com/maimai_pw